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「傷を負った癒し手」元型のアーカイブ

「傷を負った癒し手」元型について

「傷を負った癒し手」元型の元型的イメージとして、ギリシア神話のケイローン(キロン)を思い浮かべる人は多いかもしれませんね。

ケイローンはケンタウロス(下半身が馬で上半身が人間)ですが、他の粗暴なケンタウロスとは違い、音楽や医術や狩猟にも長けた賢者でした。彼はアキレウスやアスクレーピオスといった英雄の養育を任されました。彼の住んでいたペーリオン山の洞穴の下方には、薬草の豊かさで知られたペレトロニオンの渓谷がありました。

ケイローンはヘーラクレースがエラトスを狙って放った矢が膝に刺さったことによって、不治の傷を負ってしまいます。彼は洞窟の中に引きこもってそこで死にたいと願いましたが、不死であるためにそれができませんでした。しかし、プロメテウスが彼の代わりになって不死となることによって、ケイローンは死ぬことができました。

ケイローンの物語の中には相矛盾する要素が際立っています。下半身は馬でありながら英雄たちに医術を教える賢者として、獣性と神性をあわせもつ存在ですし、薬草の豊かな谷に住み、医術に長けていながら、彼自身の傷は癒えることがありません。  不死の存在でありながら死を選びます。

こうした相矛盾する要素を見ていくと、「傷を負った癒し手」の元型的イメージが「傷を負った者」と「癒し手」という両極をもっている、ってことがわかりますね。「傷を負った者―癒し手」元型とも、「治療者―患者」元型ともということができます。 このことが治療関係や、援助し援助される関係にどのように作用するかについては、ユング派の分析家グッゲンビュール=クレイグが詳しく述べています。(*1)

「傷を負った癒し手」元型は、僕らが患者やクライアントになったりすと、またヒーラーやプラクティショナーや援助者という役割を担うと布置される元型です。

そのとき、僕らは元型の一方の極を抑圧する傾向があるんだってクレイグは言ってます。(ケイローンはその両方の極を生きたわけですけど、それは僕ら人間にとっては容易なことではないですね。)

クライアントになった人は「傷を負った者―癒し手」元型の「傷を負った者」の極が意識に、「癒し手」の極が無意識に布置されます。逆にヒーラー/プラクティショナーの場合は「傷を負った者」の極が無意識に、「癒し手」の極が意識に布置されますね。だから意識の上では、クライアント=傷を負った者、ヒーラー/プラクティショナー=癒し手ですが、互いの無意識の中にはそれぞれもう一方の極が抑圧されるんだと。

で、無意識へと抑圧されたものは外界に投影されますから、クライアントは自身の「内なる癒し手」をヒーラー/プラクティショナーに、ヒーラー/プラクティショナーは自身の「内なる傷を負った者」をクライアントに投影するということになります。

もしこのままなら、一方の側には健康で理想的なヒーラー/プラクティショナー/援助する人がいて、もう一方の側には病んでいるクライアント/援助を受ける人がいるという構図は動くことがなくなり、クライアント/援助を受ける人の中の内なる癒し手(「傷を負った癒し手」元型の「癒し手」の極)は開花しようがなくなってしまいます。

ということで、ヒーラー/プラクティショナー/援助する人が仕事をするためには、言い換えると、クライアント/援助を受ける人の中の内なる癒し手が目覚めるように助けるためには、自分の中の影に気づき、自分の中の「傷を負った者」に向き合うことが求められるというわけです。(これはクライアントに同一化することや、またそれによって役割やバウンダリーを曖昧にすることとは違います、念のため。)

もし、これがなされないで、ヒーラー/プラクティショナー/援助する人が自分の中の「傷を負った者」を抑圧したまま関係を維持しようとすると、力によって結び付けることになるとクレイグは言っています。

逆転移が深い意味をもってくるのはこの領域ですね。

そして、「物語」をベースに癒しにかかわろうとするときには、これらのことがもっとも重要な要素になってきますね。

The Wounded Healer

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(1)

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転移/逆転移~傷を負った癒し手:おすすめ書籍

最近、「転移/逆転移」のキーワード検索でたどり着く方もいらっしゃるようなので、個人的に参考になった書籍をあげてみました。ただし、個人的な志向が大きく影響していると思いますので、その点ご了承ください。

一口に「転移/逆転移」といっても、使われ方によってそれが指し示すものにはかなりの範囲があると思います。また、心理療法の学派によってそれをどのように扱うかには違いがあります。ここではユング派のものを中心に取り上げました。

以前にも書きましたが、転移/逆転移を知的に理解することと、それと向き合うことは別次元のことだと思います。
「わかった」と思っているときこそ危ないんじゃないかと個人的には思っています。

転移/逆転移を理解することを通して、セッションの空間で起こってくることや、プラクティショナー/クライアントの関係性の意味を理解したり、見立てをしたりすることは必要と思いますが、それはあくまで地図としての役割です。地図は現実に照らし合わせてその都度書き換える必要があります。その地図は、解釈するためではなく意味を見出すために、原因を探すためではなく道を見出すために使いたいです。プラクティショナーが解釈を固定してしまうことはクライアントにとって害にさえなると思います。

◆<心理療法>コレクションⅥ 心理療法入門 河合隼雄(河合俊雄編) 岩波現代文庫
第6章に「心理療法における転移/逆転移」

◆フロイトとユング 小此木啓吾/河合隼雄 レグルス文庫 第三文明社

フロイトの孫弟子ともいえる小此木氏と、ユングの孫弟子ともいえる河合氏。フロイディアンとユンギアンを代表するこの二人の心理療法家による対談。対談が行われたのは1970年代後半ですが、非常に興味深い対談です。第4章「夢を語る」で「抵抗と転移」についても述べられていて、転移についての捉え方や取り扱い方の違いが生きた言葉で語られています。

フ ロイディアンとユンギアンの治療理論の違いはもちろん、その理論や技法が人間としてのフロイト、人間としてのユングとどのようにつながっているか、またそ れらが日本人としての小此木氏、日本人としての河合氏にどのように受け継がれているかを知ることができて非常に興味深い。

以下は転移/逆転移を含め、「傷を負った癒し手(傷を負った者-癒し手)元型」が治療関係にどのようにはたらくかを考察するのに、個人的に非常に参考になった書籍です。かなり気合がいるかもしれませんが(笑)。

転移の心理学 C.G. Jung (原著), 林 道義 (翻訳), 磯上 恵子 (翻訳)


「心理療法の光と影」 ユング心理学選書(2) A. グッゲンビュール-クレイグ(著), 樋口 和彦 (翻訳), 安溪 真一 (翻訳)

ユング派と逆転移―癒し手の傷つきを通して D. セジウィック (著), 鈴木 龍 (翻訳)

ユングとポスト・ユンギアン アンドリュー サミュエルズ (著), 村本 詔司 (翻訳), 村本 邦子 (翻訳)



 

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The Wounded Healer/傷を負った癒し手

ネットを検索していて、おもしろい動画を見つけた!

少し前の記事で、自分の中にずっとあって、どう表現すればいいかと・・・、と言っていたこと。「傷を負った癒し手」のテーマは、School of Healing Arts and Sciences の卒論でも取り組んだテーマ。

The Wounded Healer

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